2011年9月21日水曜日

タイのポテチを制覇する①

スーパーに行ってみて、タイはポテチ天国であることがわかりました。
大のポテチ好きにとってはたまらない場所であります。

日本ではお肌のことも考えて自粛しておりましたが、タイに居る間にタイのポテチをすべて制覇してみようと思います。独断と偏見による評価を不定期にお届け致します。

  • 塩加減:4/5
  • 甘み:4/5
  • 食感:4/5
  • 値段:3/5
  • 独創性:2/5
  • 総合:17/25

世界中で売られており、タイでもレイと発音するらしいこのポテチはまさに王道と言ってよいでしょう。適度な塩気とじゃがいもの甘み、何と言っても厚切りなのがよろしい。
塩味でタイらしさは全く感じられません。でもおいしい。

2011年9月15日木曜日

下ネタは世界をつなぐ

みんな下ネタが大好きだ。

今日は昼間から香港人のトーマスとウィルソンと下ネタ合戦に興じていた。
本当にどうしようもないような会話である。
しかし確実に距離が縮まった。

下ネタは世界をつなぐコミュニケーションの潤滑油のようなものだと思う。
今までどれだけ下ネタに助けられてきただろうか。。。
ありがとう、下ネタさん。


寮のこと、学校のこと、他の留学生のこと、食事のこと、タイのポテトチップス事情、、、書きたいことは山ほどあるけれど、今日は余り時間がないのでこの辺で。


近くの水路

晩ご飯@屋台

なぜかセブンイレブンで寝転ぶ犬

2011年9月13日火曜日

留学生活スタート

飛行機を降りると、ねっとりとした空気に包まれた。初めてのバックパック一人旅で訪れた3年半前、留学生としてこの地を踏むことになろうとは、思ってもみなかった。イミグレを抜け、荷物を受け取り外に出ると、タクシーの客引きがうじゃうじゃいる。その中に自分の名前のプラカードを持ったドライバーを見つけた。

本当にやってきたのだ。。。

大学4年生の後期からの留学はそんなに簡単なことではなく、行くと決意してからは怒涛の日々だった。就活のこと、卒業単位のこと、卒業論文のこと、留学手続き...‥様々なことがのしかかってきて、自分の処理能力の範疇を超え、押しつぶされる寸前だった。常に何かに不安で、行けるのか、本当に行けるのか、と自問自答する毎日だった。

だから、自分の名前のプラカードを見つけた瞬間、目の前の霧が晴れ、すっきりした気分だった。そしてそれと同時に、身が引き締まる思いがした。僕の留学は、決して自分一人の力で実現できたものではない。大勢の人に迷惑をかけ、お世話になってきた。僕は恵まれている。感謝の気持ちでいっぱいである。

与えられたチャンスをどう活かすかは、自分次第だ。

きっとこの留学は挫折の連続だろうと思う。僕は英語が得意ではない。知識だって乏しい。何を言われたって仕方がない。恥ずかしがったって仕方がない。下を向いてたって仕方がない。底辺からのスタートなのだ。

感謝の気持ちを忘れず、僕はこの底辺から上を目指す。

Mahidol University International College

2011年7月23日土曜日

留学

先日、正式に大学側から許可がおりタイ国マヒドーン大学への留学が決まった。

Go Out and Make the Change!

2011年2月20日日曜日

感謝。

久々に父に電話した。

学校のことや就活のこと、これからのこと...俺が話している間、父はずっと黙って聞いていた。



そして一言、「お前、世の中をなめとるんやないか?」



理想ばかりを語って現実を見ようとしない。動こうとしない。
そんな最近の俺を、父親はあっさりと見抜いていた。

静かな声。経験に裏打ちされた言葉には重みがあって、どすっときた。




「理想ばかり追いかけて、結局何も残らなかった...ってことにはなるな」




調子に乗ってました。

ありがとう、お父さん。

感謝。

2010年12月22日水曜日

この夏の旅―チベット・リタン編―

ここ数日、携帯もoffにして、学校にも行かずフラフラしていた。

学校ではダークサイドに落ちた、ということになっているらしい。

かなり的を得ている。

ダークサイドは楽で、心地よくて、抜け出すのは難しい。けど、長くいる場所じゃあない。



この夏チベット地方を旅した時の写真を見ていた。

人生、悪いことばっかじゃないな。

もう、戻れそうだ。


2010年12月19日日曜日

ノルウェイの森

札幌の街は一面銀世界。時々どこを歩いているのかわからなくなる瞬間がある。

自分はどこにいるのか。。。


夜の街を歩き、「ノルウェイの森」を観に行った。23時からのレイトショー。


頭ではわかる。

なぜワタナベはあんなにも直子を愛していたのか、なぜ直子はワタナベを愛してさえいなかったのか、なぜ直子は苦しむのか、なぜ緑は「待つ」というのか、なぜなぜなぜ...

頭ではわかる。でもわからない。

悲しみを悲しみ抜いて、そこから何かを学びとることしか僕らにはできない、のか。しかもそれはこれから訪れる悲しみに対しては何の意味も持たないのだ。


どうやらひどくややこしい場所に僕は運び込まれてしまったようだ。

抜け出すのは難しく、しばらく時間がかかりそうだ。


旅に出たい。でもそれは逃げでしかないのかもしれない。